京の御朱印めぐりと御朱印帳 ~ 御朱印の由来と歴史

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御朱印の由来と歴史に関するパネルです。

こちらも画像クリックで拡大表示していただければ良いですが、便宜的に文章を書き出しておきます。

もともとはお経を納めたという証

もともとは寺院で写経しそれをお寺に納めたことを証明するものとして授与されたのが御朱印で、「納経印」と呼んだり、御朱印帳を「納経帳」と呼ぶのはその名残です。

江戸時代、一般庶民にもある程度自由に旅ができるようになると、寺社参拝が観光の目的となり有名なお寺には大勢の人が訪れるようになります。そうするとお経を納めなくとも参拝の証として御朱印がいただけるようになり、このような慣習がやがて神社にも広がり、現在ではお寺も神社も御朱印を発行しています。

朱印とは

朱の印肉で捺した印を「朱印」と呼ぶのはいうまでもありませんが、その歴史は律令時代に遡るといわれています。平安時代以降は「花押」が朱印に代わって一般化しますが、室町時代後期になると、戦国大名たちが出す文書類に印が捺される事が慣習化し、朱印は再び正式文書に用いられるようになります。これがいわゆる「朱印状」です。

江戸時代には、家臣への安堵や社寺への寄進などの際には必ず朱印状が用いられるようになります。「黒印」も用いられたのですが、朱印に比べて格式や命令の強制力が低いと見なされていました。

霊場巡礼が御朱印集めのルーツ

昨今、御朱印集めがブームとなっていますが、そのルーツは平安時代末期の西国三十三所観音霊場や室町時代に成立した四国八十八ヶ所霊場などの霊場巡礼にあります。

霊場とは仏様がおられるような神聖な場所のことで、「札所」ともいわれます。古くは「順礼」と書かれ、決められた順番どおりに霊場のすべてを巡り終えると(結願・満願)願いが叶えられるというものでした。近世以降は「坂東三十三所霊場」や「小豆島八十八ヶ所」などの札所が全国に作られ、「七福神巡り」などの新しい巡礼ルートも誕生、現在では順番や参拝スタイルなどもかなり自由になっています。

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